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智頭病院21年目 2023/11/1~ 

ご挨拶

 智頭病院での一人小児科医 21年目です。鳥取県立中央病院(中病)からの異動は2003年11月1日でした。

発端は、智頭病院の小児科常勤医が不在になり、救急受診した幼児のお母さんが「智頭では子育てが出来ない!」との発言でした。当時、中病の医療局長・小児科部長であり、数人に誘いをしましたが、応じる医師を見出せず、結局、小生が管理職を辞して、智頭に異動しました。

 一人小児科医は初めてのことであり、お母さん方にお願いし、ボランティアで繰り返し集っていただき、願いを聞かせていただきました。集約すると4点。[ 痛いこと(注射)、 放射線被ばく、 入院は可能なら避けたい。 入院しても早く帰りたい ]でした。
 成育医療・子育て支援に軸を置き、保健・福祉や保育園・学校との連携も大切にすることを重視しました。以上は〔小児領域における地域医療〕の根幹です。実績が認められ、日本小児科学会学術集会で依頼講演も担いました。
 幸い、小児医療の基本は軸ブレすることなく、今に至っています。なお、私事、満73歳を過ぎましたが、幸い、心身の健康に恵まれ続けています。#1

 還暦記念で始めたカヤックは、“0密”であり、新型コロナ禍中に出艇が増え、長時間の漕艇も可能になりました。とくに、沖縄など、初めての海は、十分な情報収集をし、安全確認した上での出艇が基本です。
 外来診療も同様です。例えば、高熱で受診した乳幼児においても、を念頭に、やさしく・よく診て(十分な情報を得て)、的確に診断し、保護者に水分摂取等、家庭看護支援を具体的にお示しています。 

#1感染症等での病欠は、鳥取県立中央病院(中病)で卒後2年目の研修をして以来、45年間皆無です。

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 新型コロナウイルス感染症(新コロ)体験:2022年8月14日()の13-17時、東部医師会急患診療所小児救急当番を担った際、関東から帰省した家族発症例からの被感染(車中で乳児の検体採取)が端緒でした。15日(月)勤務後、病院当直、16日(火)に小児科の信頼する看護師さんが「先生、声がヘン」と。自覚症状はなかったのですが、痰が増えた感覚を抱き、14日に被感染したためと自己診断し、リラックスしていました。

 当時 II 類扱いであったこともあり、検査を強いられ、17日(水)昼休み時間帯に自ら口に採取棒を挿入し、反射的に沸き上がった痰を検体として検査すると陽性! 同日夕には痰は減りました。鼻汁は出ず、咽頭痛や全身倦怠感もなく、発熱もなかったのです。

 感染者数が急増していた時期であり、18日に保健所担当者が電話で病状等の聴取:この時点では痰もなくなっていたこともあり、結果、1週間(無症状扱い)の欠勤を余儀なくされました。

 その間の自宅生活を(収入は増えませんが、)時間が増えることで“ time bonus ”ととらえ、積極的な生活をしました。

@ 自宅の二階まで15段の昇降を一気に10往復:1日3回

@ 壁面などを活かして、上半身の筋トレ

@ 19日(金)午前中は(久しぶりの)好天で、娘「お父さん、カヤック・・・」発言を妻が小生に話したことで、(二人の内諾が得られたと認識し、)湖山池でのカヤックを実践。22日(月)も好天だったので、多鯰ヶ池でカヤック

 自宅生活の要は、「他の建物に出入りするな!」「他人と会話するな!」「公共交通機関を使うな!」の三つで、マイカーで往復し、単独で、人気のない湖面でのカヤックはOK!

 要するに、心身両面で健康至極であるがための行動(笑)。

 つまり、痰が1日半のみゆえ、保険診療は無く、薬もなしで、病欠に値せずの自己評価です。

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 新コロが V類相当になった後、感染者数が急増し、VIII 波となりましたが、9月には全国的にピークが過ぎて、一方、多様なウイルス感染症が出始めました。智頭では、10月になり、インフルエンザA型が増加し始め、月末には、患者数が急増!

 「柿が赤くなると医者が青くなる

 毎年、10月は、感染症の流行がなく、入院患者が減り、病院収入が減ります。

 臨床医になって、今年は初めての体験ですが、インフルエンザA型が大流行しました。新コロ渦中、ウイルス感染症は、A)ウイルス相互の緩衝作用があり、新コロが主体となり、B)外出・旅行・飲食機会が激減し、マスク生活を強いられた禍中、他のウイルス感染症が激減しました。が、4年目となり、(II 類から V 類となった)2023年5月の連休明けから、徐々に新コロ以前の生活が戻り、同期的に、新コロ(オミクロン変異株)の VIII 波が収まり、結果、インフルエンザA型を始めとした各種のウイルス感染症が子どもたちの生活の場で拡大し、インフルエンザA型においては、成人発症例も急増!新コロ禍中の3年余、流行が激減していたことで、自己抗体が低下したことも要因でした。

 私事? 無防備の顔で子どもたちに笑顔で接し続けています。結果、生ワクチン効果を得て、通常通りの勤務・生活を続けることが出来ています。

 低学年の学童例) 2023/10/21(土)発熱。困り感がなく、受診せず。22(日)午後から解熱。23(月)朝、発熱なく、元気ゆえ、登校。23(火)咳での受診。

 発熱なし。母にインフルエンザA型の軽症経過例だと話し、出ると言うので、鼻汁をラップフィルムに出してもらうと、透明粘性鼻汁+で、検査!母には「陽性に出ます」と話しつつ検体処理をすると、インフルエンザA型の陽性反応が明白でした。

 つまり、検査をしたから陽性と判明した。インフルエンザと考えずに、かつ、良質の検体を採取しない場合は、見逃しになる。本人・母親にとっては、成育過程の一里塚として、「インフルエンザA型」だった証は重要です。

 2023/11/1(水) 小学校で発熱+。約1時間後の受診例。ラップフィルムに透明粘性鼻汁+ → インフルエンザA型陽性反応+しっかりとした陽性発色!

 小学校で発熱し、帰宅せずに受診し、同様にインフルエンザA型が陽性となる例は、新コロ以前から定番!

 新コロ以前の流行期に、子どもが陽性で、フト気づいて「お母さん、声がいつもと違う」と話したら、「鼻水とノドの違和感がある」との返答。で、「お母さんもインフルエンザだね」と話したら、否定され、「鼻汁を検査しますか?ただし、保険診療になりますが・・・」で、「検査します!」と。ラップフィルムに鼻汁を出してもらい検査すると、アッサリと陽性! 即ち、無熱の軽症例でした。

 私事、

① 2007年はインフルエンザB型が春先まで流行していました。某日の午後、診察室でデスクワークをしていたら、くしゃみ感と透明鼻汁の流出があり、アレルギー性鼻炎がある身で、ティッシュで拭っていました。が、水溶性鼻汁が溢れ出るごとくで、「アレルゲンが飛ぶ環境でない!」と気づき、マサカと、検査をしました。

 結果、コントロールバー発色前にB型がしっかりと陽性!夕方には出なくなりました。

② 2013年はインフルエンザA型の流行が春先まで続いていました。同様に、午後、診察室に居たら、水溶性鼻汁が出始め、「エ、またかよ~!」の思いで、検査したら、インフルエンザA型が即発色!

 1時間程度で、鼻汁の流出が止みました。

※ 極軽症、一過性の免疫応答で治癒に至ったインフルエンザA型との評価です。

 智頭に異動後20年間で、他は不顕性感染で終始しています。

診察時に、自身の笑顔・表情を見せたいがために、マスクは着用していません。

 2009年当時の新型インフルエンザ汎流行期に、智頭中に最初に入ったのは、某教師が発端でした。近隣町にお住いの父で、小学生の息子二人が順々に発熱し、各々インフルエンザA型陽性で、次いで父親も発熱した由。が、受診すると、迅速検査が陰性で、「あなたはインフルエンザはない」と言われ、解熱した翌日に出勤・・・。

※ 中学生以上では、良質の鼻汁検体採取ができない例が少なからずあります。濃厚接触歴が明白なので、検査結果によらず、インフルエンザA型の臨床診断をして良い例でした。 

 2009年のインフルエンザ汎流行の際、国内での初期に、無熱、非受診で、陽性例が多かったことが判明しました。が、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ごとくで、インフルエンザの病態に係る“本物”が見失われがちです。

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